魂宮時

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舞樂 22

「日々の中に」

急に風は冷たくなり、肌寒さを感じる。
見慣れた景色を通り抜けてスタジオへ向う。

身体と戯れ、汗をながす数時間の集中...

確認と発見、思考と身体のおっかけっこは、いつでも楽しい。
ダンスは内的な部分の表現でありながらも、鏡では外的な動き=技術の向上や身体性の確認を怠らない。
この矛盾が大好きで面白い。
バランスが大切であることに気を配る。
身体的な技術だけの動きでは情感は伝わらないし、感情だけではそれを伝える言葉に代わるテクニックがないため表現とは言い難い。
内と外を繋げてこそダンスを達成する。

日常で、毎朝着る服を選んでおしゃれを楽しんでる行為も似たものがある。
自分の気分に合わせて服を選び、そのときの自分を演出し表現する。
「コーディネートはこーでねぇーと」と誰かに聞かれたらセンスを疑われるような、あまりに時代遅れなダジャレを口走りそうになる自分を抑えながら、内的な気分と外的な見た目の違和感がないように鏡でチェックは怠らない。
感性を磨くと言う点においては稽古中のスタジオの鏡の前も、家で身支度の鏡の前もどちらも変わりはないし、それだけ日常にダンスはあると言ってもいい。

明日への課題をのこしつつ、今日の稽古を終了する。

微かな筋肉痛をお土産にスタジオに一礼し外へ出る。
汗を流した後は、見慣れたはずの景色もなぜか違って見える。
おかげでいつも新鮮だ。

明朝はまたコーディネートから稽古が始まる...
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by newflavor | 2010-10-28 08:17

舞樂 21

「川の流れ」

情報社会の世の流れはとても早い、どんどん拍車がかかる。
川に例えるならまるで大雨の後の激流のようだ!次から次へと移り変わり流れていく。
そんな川を人生のカヌーでくだるようだ。
くだりながら川の中に魚(自分にとって必要な情報)を見つけると釣り上げて食らう。
食べてみたい魚はすべて試食する。
気に入れば人生の主食にする。
そんなことの繰り返し、繰り返し、繰り返し...

この川の魚は一部天然だが全てではない養殖だ。
天然ものも時代と共に値がつくと養殖と化す。
誰かが値をつけ放流するのだ。
いわば自然の川のような釣堀のように見える。
よって魚には値札がついており、情報は商品化している。
対価を払えば誰でもつかみ取りOKである。
くれぐれも、獲りすぎぬように不必要なものを手放し、必要なものを手に入れ、多くの人を助けてくだされと千手観音を胸にしまい川をくだって頂きたい。

<川くだりに必要なもの>
カヌー
オール
釣り道具
千手観音

お忘れなく!

千手観音で思い出しました。
不必要なものは手放し...といえば、最近は「断捨離」という魚が放流され、世では話題になっているらしい。
「断捨離」とは断つ、捨てる、離れるのこころで、簡単にいうと物への執着を止めて必要のないものは捨てましょうということ。
世の方々は押入れの中から次々と使わないものを出してきて捨てまくっているようです(^^;)
執着をしないというの心は素晴らしいのですが、いつまで続くのでしょうか?
ただのブームに成り下がらず、心を学び持ち続けてほしいと願います。
ただ物を捨てて、部屋が綺麗になってスッキリしたなんて自己満足だけにならず、捨てる行為もこころの象として習得してくだされ。

おかしなことに最近まで世はエコだ!ECOだ!と騒いでいたはずなのに今度は物を使い切らず捨てまくっている。
ECOはどこへいってしまたんだ!「お~~~~~い。ECO~~~~。」

情報の川に踊らされる姿は、どこか滑稽であり妙である。
物を手に入れることで満たされる。物をすてることで満たされる。人間って...

断捨離をする人は物を捨てるのではなく、自分にとって不必要なものでも、それを必要としている人が世界にはいることを忘れずに譲っていけば、人助けにもなり循環しECOでもある。

捨てるほど物がない国の人達もいますから

執着心をなくすと同時にもったいないの心も学んで丁度バランスがよいのでは?

おっ!次の世の流行は「もったいない!」がくるかも?
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by newflavor | 2010-10-23 08:04

舞樂 20

「頭、心、体」

美を意識しすぎて美に執着する姿は、美意識にかける。
健康を意識しすぎて、健康に執着する心が不健康。
自然体を意識して、自然でいようとする振る舞いが不自然。

では、どうすれば?と考えるだろうがそんなこと考えなければいい。
そのままでいい。
心の向くままに。
そのままをかん(観、感、環)じて、変わっていけばいい。

そんな心持で今日も踊る、踊る、踊る。
また身体が教えてくれるのを待つ。

本を読む、音楽を聴く、頭や心に届くがいつも物足りない。
体感に欠ける。
身体におちてこない。

だから踊り、身体で考える。

自分の事実に変わっていくことに歓喜、よって自分の言葉に変わっていく。
ここに記した言葉も人の何処へいくのだろうか?
頭か、心か、体か、そのすべてか?
そのどれでもないのか?

送信ボタンをクリックすれば言葉は旅に出る。
「いってらっしゃい。どうぞご無事で!」
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by newflavor | 2010-10-17 10:27

舞樂 19

「だいたい」

久しぶりの投稿ですが、何やってたかって?

頭の中の整理です。

膨大な情報量の社会で新しい情報が次々提供され、学べることが多いのですが、知識が増えてもそれが人間的または魂的な成長に直接繋がるわけではないので、集合意識や情報に左右され頭でっかちにならず、心と身体と魂のバランスを崩さないようにするために、頭を休めて身体に聴く時間を楽しんでいます。

そんな時は身体ひとつで出来るダンスは最高です!

身体を借り物のように扱いながら動いてみる、身体の声を聴くように動いていく、動けることがありがたい、楽しみながら身体と戯れる。場や音と交感しながら循環するエネルギーそんな目に見えない不確かなものをしっかりと体感し把握する。
自然の中に溶け込んでいく至福の時!思考からノイズは消え動的瞑想に入っていく、体内空間も体外区間も境目がなくなり空間そのものが動き出す。その瞬間でしかなく、その瞬間にすべてがある。
沢山のひらめきに触れていく。

今までの人生、だいたいが無計画!
ひらめきに任せ、流れのままに身をまかせ、何処へたどり着くのやら何処に流れ着いたとしても、そのときを楽しみながらまた流れて行く。
だいたいの方向を決めながらどう行くかは決めない。受け取るだけ。
そしたら、だいたい上手くいく!

だいたい
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by newflavor | 2010-10-12 11:33