魂宮時

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舞樂 27

「鏡」

今まで書きとめてきたブログを読み返してみると、思考して書いたもの、感情的になって書いたものなど様々な文が並んで自分を映し出している。

しかし、昔書いたものを読むと今の自分との違いも少々感じられ、では書いてきたことは、そんな無責任なものなのか?っと言われそうだが、そうではない。
感情的や思考し書いたものは経過する時間とその中にある経験によって、うつろぎ変化する。
その変化こそ真実なのだ!!
頭や心はうつろぐもの、しかし胎で書いたものだけは、時間が経っても不変である。
なににもぶれない中真=本当の自分を文字の羅列がその姿を映し出してくれている。

僕にとって文章での表現は踊ると同様に内面を映す鏡でもあり、写真でもあり、記録でもある。
自己再確認の手段。

人に伝えてるようで実は自分に伝えている...
自分で自分にあなたはこんな人ですと、
こんなことを考えていると、思っていると、識っていると映し出す。

鏡では見えないものを観る鏡である。
ブログさまさまである^^
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by newflavor | 2010-11-26 10:42

舞樂 26

「挑み」

来年にむけて作品のクリエーションにとりかかる。
望むところ自分本位に創りたい、作品を客観的にみる努力はするが、うけるようにと媚びた考えは作品にとって時に不純物である。
いい作品は他人が基準ではないからだ。
たとえ結果失敗でも、失敗は失敗のまま舞台にのせるだけの度胸も必要、そこに何かが伝わるであろうと信じたい。

ダンサーはストーリーテラーではなく身体の表現者だから、話やメッセージは全てが終わった後で...
踊っている最中はむしろそんなことを考えさせてはいけない、考える隙をあたえずクライマックスへむかい、時間が止まったかのごとくダンスに魅せられていたことに気づいて欲しいと思い、考える。

しかし、いくら頭で考えても、胸に思ってもいい作品は生まれない。

頭=思考
胸=感情
胎=魂

実際に身体と向き合わなければ、何も始まらない。
生きる意味を探すより、より今を生きてこそ意味があることの証明だ。

では身体を動かそう。
いつものように動体術(身体の基礎を調える良法で本当の身体を取り戻す行為)を行い、基礎稽古をはじめる。
たまに動体術の指導で、これは修行と捉える人もいるが、それは本当の身体になることを困難で大変だと思ってしまっているからではないか?
決して修行ではない、+でも-でもなく0=中真に戻ることで、本当の自分と自身を”思い出す”だけ、体得し、習得し、慧得する。

身体の中心に位置する胎(丹田)魂が鎮座する場所である仙骨を活かし中真感覚が発露する。
本当の自分と自身がよみがえる。

ヨミガエル...?

おっ!生と死は表裏。
あの世からの視点でこの世を観れば誕生はまさに「黄泉」から「帰る」こと黄泉帰るだ。

生から死も、死から生もどちらも同じこと、存在する次元が違うだけかと中真を慧得する。

頭やこころは影響を受け変化するが、胎-女性の子宮が象徴だが男女ともに性は不変なもの、本当の自分とは不変なもの、思考や感情によって自分だと思っている者は本当の自分ではない。

本当の自分で踊ってこそ望む作品にいたる。
まさに創造です。
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by newflavor | 2010-11-21 02:19

舞樂 25

「シークレット」

*ここに書いたものは、医学的根拠などはありませんのでご了承ください。
すべて僕個人の体験による気づきによるものです。

身体を素材とするダンサーとしての経験や知識から、療法ではなく人を癒す"良法"として創出した
「活法」は動体術、姿勢術、操体法と呼び名はなんであれ、産まれもって完璧である身体という自然物(生命エネルギー)の潜在能力を充分に発揮させる術であり、自然の法則(真理)に基づいた哲学でもある。
学者や精神世界が論じるような頭で考える漠然とした教えではなく、誰でもやる気さえあれば、他に依存なく自分の身体を使って、物理的なものや精神世界なものに侵されることなく自己の中の真に触れ、自然の法則と一体になることができる。
そのためには身体の中心にあたる仙骨を無視することは出来ない。

僕は身体の調整をするときに骨盤、胸郭、頭蓋の緊張を緩めることを常に必要に伝えている。
この3つの部位は複数の骨が集まって出来ている場所で沢山の間接が存在する。
その間接は不動のものではなく、常に微動に可動しているはずなのだ。
しかし、この部位が緊張している方は実は非常に多い、それが原因で3つの部位をつなぐ脊柱(中枢神経)に上手くエネルギーが循環しないことで何かしらの症があらわれる。
症があらわれるとその場所だけに原因を考えてしまっているが、じつは人体の根本的なエネルギーの循環メカニズムが機能していないからである。

<アンドリュー・ワイルさんの著書spontaneous healingから>
中枢神経とその連合組織のたえずくり返す運動こそが生命と健康の必須の働きで、頭蓋と仙骨のリズミックな微動は呼吸に似ているため一次呼吸といい、空気交換でおなじみの胸部で行う呼吸を二次呼吸と区別している。
この一次呼吸の働きを調整する療法に頭仙骨療法という手技がある。


僕自身も常に頭蓋、骨盤をほど良く緩め、二次呼吸を行う胸部も緩めてきました。
僕の体感では脊柱にそって12個のエネルギースポットがあり、頭頂部にもう1個、全部で13個のエネルギースポットを発見しました。
頭頂部の1つを除いて、脊柱に並ぶスポットは12個、二次呼吸を行う胸部の胸椎も12個、これは偶然でしょうか?二次呼吸は一次呼吸の生命維持メカニズム縮図のようです。
どちらの呼吸も生命に直接関わる重要な働きです。
仙骨の微弱な動きが頭蓋の蝶形骨と共振してアンテナの役わりを果し、13個のエネルギースポットを開くと宇宙(自然)とつながって正中に氣が流れ、循環します。
身体はエネルギーがみなぎって、肉体的にもひとまわり大きくなりました。
動きには安定感があらわれ力強いものに変化しました。
交感感覚、感性も冴えてきます。
日本には「腰をいれて...」とよく言葉を聞きますが、昔の人は仙骨のパワー(シークレット)を理解していたようですね。
仙骨は英語でsacred boneとかsacrumなどと言いますが、secretと語源が同じで「聖なるもの」という意味のラテン語から来ているそうです。
東洋的にも西洋的にも仙骨は「聖なる骨」なんですね。


この仙骨操作によって潜在能力を引き出すことが可能だと僕は実感しています。
まさにシークレット、奥秘...
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by newflavor | 2010-11-12 00:20

舞樂 24

「シンクロニシティ」

稽古の中で身体の操作に工夫をこらす。

重心を変えたり、フォーカスする骨を変えたりと表面的な動きを変えるのではなく、身体の中をコントロールして質を変化させる。
ある日、仙骨にフォーカスして稽古を進めた。
今までにない力強さと、安定感に喜びをおぼえる。
身体がまるで違う。

それから何日かして、久しぶりに本屋へ寄り何気に立った本棚の前、一番最初に目に止まった本を取り出し帯を見ると「仙骨を意識せよ!」と書かれていた!
わぉ!!!
仙骨の気づきは間違いのないものと、メッセージをいただきました。

こんなことがよくあります^^
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by newflavor | 2010-11-11 20:41

舞樂 23

「創作」


「思考」は全身を脳にして

「感情」は全身で語り

「身体」は人体の可能性に挑む

どれにも偏らず、パーソナリティーのバランスを保ち創作にいたる。


あと3cm身体をひねってみる。

あと8秒待ってから飛ぼう。

あと少しだけ右に寄っていれば...

など、ほんのわずかなことにこだわり、このわずかな差が大きな変化を起こすことを身体は知っている。
さじ加減が重要、しかもその瞬間によっていつも違うから扱いが難しい、わがままな生き物だ。

思考、感情、身体のセルフコントロールに加えて、自然の法則という見えない力まで加わると、一見偶然かと思えるような瞬間も必然なのだと笑みがこぼれる。

結果よければというものではなく、よい結果にするためにどこまでやれるか、どこに着地するのか?

まだまだ、始まったばかりです。
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by newflavor | 2010-11-10 14:52